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2012.12.31 グッバイ 2012
いよいよ今年もあと僅かになりました。
体調のこともあり、今年は大掃除らしきことがあまりできずの年末。
掃除ほぼ無(免除)は、ちょっとLuckyだったかも?(^^)

さて、年の初めは“今年はThink < Action”で色々行動してみるつもりが、肝転移による再発で大幅に思惑と異なる1年になってしまった。
完全に油断していた中での転移・再発。まさかこんなことになるとは…と言う2012年でした。
再発したということにどういう意味があるのだろうか?それは必然なのだろうが、必然性を考えながらの時間を過ごしてきましたが、答えは見つからず…。

今後はさすがに同じような生活習慣(食含む)ではまずいし、会社環境で如何にストレスを溜めずに過ごすか?など、今後は少し考えての生き方を模索しないといけない。
これまでの療養生活状況ではまだまだ問題ありそうだけど、本当に考えないと…。
再発防止の食べ物、飲み物、運動、その他生活における色々なPointあれば、取り入れて良ければと思ってます。できることからTryしていかないとね。情報もあればよろしくお願いします!(笑)
とにかくあまり深く深刻にばかりではよくないね。明るく楽しく前向きに!笑いのある生活をできる限り求めて行ければと思ってます。

再発により多くの人に色々な形でお世話になってしまいました。すみません&ありがとうございました!
2013は少しでもできる形でご恩返しできればと思っています。
引き続き、そして改めてよろしくお願いします。
それから娘たち&かみさん、本当にありがとう! 色々我儘言いました(^^;
皆のためにもまだまだ頑張らないとね。

それでは、そろそろ。
2013は良い年になりますように。
それでは良いお年を!
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2012.12.27 復職面談
先日の診察時に診断書を入手できたので、本日は予定通り会社へ出向き産業医と上長(前にも日記に登場)+総務担当交えての復職面談。
13:00からの面談だったので、約30分前に自宅を出て会社へ。
11/30(金)以来約4週間振りの会社。
なんだかあっと言う間だったなぁ…。
正直またあの戦いの場に戻るのは少々しんどい(すっかりのんびりしちゃったからなぁ)けれど、生きていかなければならないものね。

最初は産業医とサシで面談し、途中から上長+総務担当が合流というスタイル。
当面過労働無し、出張は日帰りのみ(T先生が記載してくれた診断書に記載通りなのだが、これは完全に自分の希望通り(^^;)まではよかったのだが、産業医が“最初はきついから当面15時から15時半まで健康管理室で寝ろ、休憩Timeだ。風邪ひくから着替えもちゃんと持って来い”なんてことに!
えぇ~っ、て感じなのだが、これ本当に毎日なのかな?(汗)
まぁ、それでも自分の思惑・予定通り来年1/7(月)からの復職が確定しました。
どーせ来年から毎日また行かねばならないので、今日は居室に出向くのも止め、面談後上長としばらく立ち話で雑談。来年も色々ありそうです…(^^;
その後、フチ子をもってきたISちゃんとも雑談しようと事前連絡していたのですが、TELが通じず帰宅することに(その後ISちゃんからTELあるもすれ違い)。
療養生活もあと残すとこ1.5週間ほどになりました。
厳しいご時世なので、復職すればまたなんだかんだあると思いますが、頑張らないとね。
でも身体のことをしっかり考えて、これまでみたいな無理は少し自重しようと思ってはいますが、果たして…。
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2012.12.26 退院後初診察
昨晩は小田さんの『クリスマスの約束』を見てて夜更かししてしまった。
やっぱ小田さんは最高。

さて退院して早1.5週間。昨日12/25(火)15:30にS先生の退院後初診察のため、病院に出向きました。
少し早めに到着し、病院の食堂で少し遅い昼食後、診察に向かいました。
午後の遅い時間なのでこれまでの経験から空いていると思ったら以外にも混んでいて、この時間にしては珍しく30分待ちでした。
その間、頼んでいた保険会社用と会社復職用の診断書を確認し、共にできていることとのことで受け取りました。12/27(木)の復職面談になんとか間に合いよかった!

そんなこんなしてるうちにお呼ばれ。
お腹の傷の確認⇒ポート抜去後の抜糸⇒診察の順。
お腹の傷は順調。“ちょっと痛い”って言ったら、“そりゃそうだ”的な回答。ま、そりゃそうだな(^^;
ポート抜去部の抜糸後即風呂可と思っていたら、翌日より解禁とのこと(今晩久々に湯船に浸かりたいと思います(^^))
そして診察。
開口一番、“薬のこと、決めてきた?”の問い。
半年間抗癌剤を服用するか否かを入院中に宿題だされていた件だ。
T先生の助言から飲むことを決めていたことより、“飲みます!”と回答。
ただその時は5-FU+ロイコボリンと聞いていたが、実際処方された薬は以下。
・ユーエフティ配合カプセルT100 ⇒ テガフールとウラシルという2つの成分が配合。8時間毎の服用。
① テガフール:フルオロウラシル(5-FU)の効果を高め、副作用軽減のための薬。体内でフルオロウラシルに変換。
② ウラシル:フルオロウラシルが分解されるのを防ぐ。
・ユーゼル錠25mg ⇒ 別名ホリナート。ビタミンの一種で葉酸からできている。自身は癌攻撃性はないが、ユーエフティと一緒に服用することで攻撃力を高める作用がある。
※ロイコボリンユーゼルも共にホリナート。患者のための癌薬辞典
・クレスチン細粒 ⇒ サルノコシカケ。前回TS-1服用時にも処方された薬。今回もご一緒とは?
・ツムラ牛車腎気丸エキス顆粒 ⇒ これは先日痺れを調べていた際に辿り着いた漢方薬。診察時にS先生に言ったところ、“じゃあ、飲んでみたら”とのことで処方されました。痺れについての薬はどれも効く人もいれば効かない人もいることをS先生も当然知っており、患者の希望のままに処方してくれた感じ。但し、もうひとつ気になっていたオキシコンチンについては、副作用だったか何だかちょっと忘れてしまったけど、ダメとの答え。やっぱり飲み合わせや反応等はあるようですね。
koganzai_121225
次回の診察は1/23(水)
ついでに前回の“大腸内視鏡からもう2年経ちますよ”と告げ、1/29(火)に検査も予約してもらいました。やりたくないけど、やっておかないとね。

その後、院内薬局で内視鏡用のニフレックを処方してもらい、院外薬局でユーエフティ等を処方。しかし薬代、やっぱ半端ないね(^^;うーん、病気にはなるもんじゃない…。

夜は前夜が上の娘不在(デートで家を空ける歳になってしまった(TT))だったので、家族揃ってプチケーキTime。そのうち下の娘もXmasにはいなくなるんだろうな…。寂しいなぁ…(泣)まぁ、ずっと居られるのもどーかってとこもあるけどね(^^;
Xmas_121225

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2012.12.22 痺れる…
手の指先(第一関節から指先まで)と足裏全体の痺れは、なかなか鬱陶しい。
なんとかならないものかとネットを調べてみる。
先日リンクした“がんサポート情報センター”のHPの"抗がん剤治療の副作用"を見ると、確実に有効性が証明されている薬はないが、以下サブカテゴリを見ると、

抗がん剤による末梢神経障害の特徴とその対策 には、
・ビタミンB6
・ビタミンB12
・漢方薬の牛車腎気丸
・非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)

大腸がん薬物療法の副作用対策はここまで進んだ には、
・がん性疼痛用鎮痛剤のオキシコンチン(一般名:オキシコドン)

セルフケアが重要!末梢神経障害はこうして乗り切ろう には、
・抗けいれん薬であるガバベン(一般名:ガバベンチン)
・神経障害を和らげるリリカ(一般名:プレガバリン)
・麻薬性鎮痛剤のオビオイド
・カルシウム
・マグネシウム
・ビタミンE

等々(各頁の重複分は除く)、参考になる薬が記載されている。
僕的にはオキシコンチンと牛車腎気丸が気になる…。

主治医のS先生はあまりネット情報を重視していないようだけど、25日の診察日にはとりあえず上記薬についても聞いてみようと思います。
(T先生の方が、漢方とか言っていたので柔軟なんだけどな…(^^;)

とにかくこのままでは仕事も趣味(音楽)にも支障があるので、なんとか早期改善を目指したいものです。
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2012.12.21 退院から1週間
先週の土曜に退院してから今日で7日目。先週の今頃はポート抜去施術待ちをしていた頃。
現体調は、
・手術の傷口はそれなりに鈍痛は続く(体勢によってそれなりに痛む)も、薬(ロキソニン)は不要。
・ポート抜去の傷口には痛みは無。飲みきりで渡されたフロモックス錠(患部保護用)5日分は飲み忘れもあり残(^^; 本日終了予定。
・手の指先端、足の痺れはかなり強力な状態を維持したまま。(これが結構厳しい…(TT))
と、まぁ、こんな感じ。
傷の痛みは時間が解決してくれるしかないかな?
痺れもそうなんだけど、先日T先生が言っていた漢方を来週のS先生の診察の際に言ってみようと思っています。とにかく痺れはなんとかしたい!

一昨日の12/19(水)は、復職のために必要と会社から送られてきた診断書に変わる書類があり、診断書同様病院に記載依頼が必要なため車で病院に行ってきました。
ま、大病院なので診断書は基本2週間。まるまる掛かると年内の復職面談は不可となるため(その前になんでこの書類が必要か?入院前に言って欲しかった>会社)、急ぎでのお願いしてきました。
ちょっと前に退院したばかりなのに、もう懐かしい感じ。
入院棟も覘いてみようかな?とも思ったけど、2度と戻ってはいけない場所なので、止めておきました。

あとやったことは年賀状デザイン検討くらいかな?インクも買っておかないと。
007ばっかり見ている(^^;
日曜は下の娘が行くって言うので、痛い腹抱えて2度目のSkyfall行っちゃったし(^^)

さて次回S先生診察は12/25(火)。漢方も含め、今後のことを聞いてこようと思っています。
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入院中(121212)に2009年発病からの病歴をまとめてみました。
こうやって見るとそれなりに色々ありました。
すっかり忘れていたことなど、改めて思い出しました。
今後は忘れないよう、メンテしていきたいと思います。

【2009年】
2009年4月頃~
便が緩くなり、あまり固形体が出ない。
体調は常にだるく、微熱気味。

2009年7月7日(火)
近所の総合病院で診察を受け、大腸内視鏡検査の予約を取る。

2009年7月21日(火)
近所の総合病院で大腸内視鏡検査。
直腸の腫瘍が確認され(腫瘍大きく内視鏡通らず)、悪性なら癌、良性でもストーマの可能性有りと初めて告知を受ける。
その日、X線TV検査も実施。

2009年7月27日(月)
近所の総合病院での組織検査の結果、癌確定。
放射線治療が可能な現通院病院への紹介状を書いてもらう。

2009年7月28日(火)
現病院へ来院。現主治医と初めて面談、“ストーマも命もダイジョウブ”と言って貰い安堵。
※ステージはⅢに限りなく近いⅡ(Ⅱbとも時にはⅢ期と言われることも?どっち?)
※腫瘍位置:肛門から8cm (近所の総合病院では5cmと診断)

2009年8月5日(水)~8(土)
治療計画&検査入院。
TS-1&クレスチン服用&放射線治療を入院中に実施・様子見⇒特に悪反応無。

2009年8月10日(月)~15日(土)、17日(月)~19日(水)、24日(月)~29日(土)、31日(月)~9月4日(金)、7日(月)~9日(水)
放射線治療 ※放射線治療中の水曜は&診察。

2009年10月14日(水)
MRI検査

2009年10月16日(金)
大腸内視鏡検査

2009年10月17日(土)~31日(土)
入院・手術 ※手術:10月19日(月)

2009年11月1日(日)~26日(木)
自宅療養

2009年11月27日(金)
復職 ※産業医復職面談:11月24日(火)

【2010年~2011年】
2009年12月、2010年2月、3月、4月、7月、11月、2011年3月、7月、11月
検査&診察 ※採血⇒胸部X線⇒腹部超音波⇒診察

2010年12月3日(金)
大腸内視鏡

【2012年】
2012年4月25日(水)
検査&診察 
腫瘍マーカー&超音波にて肝転移の可能性確認。
その日、CT検査(with造影剤)実施。
※以下癌細胞サイズ経緯
・4/25:15mm
・9/12:10mm
・12/3:9mm(手術時)
※以下腫瘍マーカー(CEA)値経緯
・2011/11/09:3.7
・2012/4/25:11.6
・2012/6/1:18.6
・2012/7/11:3.7
・2012/8/10:3.9
・2012/9/12:3.1
・2013/3/13:2.7

2012年4月27日(金)
MRI検査

2012年5月2日(水)
PET検査

2012年5月9日(水)
診察、肝転移確定。
FOLFOX4+Cetuximab&肝動注を実施、半年後手術の計画となる。
※転移確定でステージⅣへ。

2012年5月17日(木)~18日(金)
肝動注用ポートを右足付け根に埋め込み手術。 ※抜糸:5月23日(水)

2012年6月1日(金)~9月23日(日)
金~日の2泊3日、各週でFOLFOX4+Cetuximab開始。帰宅後肝動注開始も、腹痛及び体温低下(34度代まで下がる)⇒原因:血管がつまり十二指腸への血流が阻害されたため、肝動注は1回(6日間)で終了。
FOLFOX4+Cetuximabは癌細胞が小さくなった(薬がよく効いた)ことより、12回の計画に対し9回で終了。

2012年8月6日(月)、9月10日(月)
CT&腹部超音波

2012年10月5日(金)
PET検査

2012年11月14日(水)
手術前検査(X線、心電図、呼吸機能)

2012年12月1日(土)~12月15日(土)
入院・手術 
※癌手術:12月3日(月)、ポート除去手術:12月14日(金)
※20mm以下であること、表面より5mm沈んでいる位置であることより、ラジオ波にて対処&胆嚢切除。

2012年12月16日(日)~28日(金)
自宅療養

2012年12月25日(火)
術後初診察

2013年1月7日(月)
復職 ※産業医復職面談:2012年12月27日(木)

2013年1月23日(水)
診察・採血 ※血液値異常なし

2013年1月29日(火)
大腸内視鏡検査 ※異常なし

2013年3月2日(土)
検査
採血⇒胸部X線⇒腹部超音波

2013年3月13日(土)
診察 ※3/2検査結果異常なし(マーカー値2.7)
#ガスが多いため、ビオフェルミン処方される
#牛車腎気丸は一旦停止を依頼
#腹の瘡蓋のようなものを皮膚科で見てもらい、アンテベートを処方される

2013年5月8日(水)
採血⇒診察 ※結果異常なし(マーカー値2.6)
#足の痺れが強いため、牛車腎気丸再依頼。ビオフェルミンは何も言わずとも処方されず。

2013年7月10日(水)
採血⇒腹部超音波⇒造影剤CT⇒診察 ※結果異常なし(マーカー値3.7)
#ユーエフティ+ユーゼル等薬類は半年経過したため、今回の診察をもって処方しないことに。
なんだか昨晩からの“うつらうつら”状態を維持したまま、朝を迎える。
朝早々に尿管を抜いてもらい、朝食を挟み残る点滴抜針を待つ。
びっくりしたのが、本病院で知り合ったKさんがAMに“フチ子さん”の別Versionを持ってきてくれたこと(爆)アホじゃ~(笑)
でも来てくれてThanks、Kさん!新年会やりましょう!
KM先輩からもメールをいただいた。気遣っていただき、ありがとうございました。

そして朝の回診。
ポート抜去箇所を確認。強力なテープで施術箇所を押さえられているため、まずはテープを剥がす作業。粘着力が強いため、湿らせて(アルコール?)少しづつ剥がしていく。
そこで昨日の新人O KJくん。しっかり湿らせないまま引っ張る。痛ぇよ。実務向いてないんじゃないの、彼(- -;
最後の回診はN先生メイン。特に退院後の注意事項もなく、次回外来は12/25(火)S先生とのこと。
回診後かみさん到着。
そして点滴抜針。ようやく全てから開放!
片付けを済ませ、看護師さんに挨拶をして10:30頃病院を後にMyCarでかみさんと帰路へ。
家に着き昼食後は昨晩の寝不足解消?(笑)のため、しばし睡眠。ぐっすりでした(^^)

これからのことはどうなるか?まだわからないけど、とりあえず一山は超えたと思う。
前回は転移などまったく考えなかった。
必要以上にネガティブになる必要はないと思うけど、あまりにも楽観的だったと思う。
食生活、生活サイクル、仕事へのスタンスなど、少しは前回よりは改善しなければと思う。自分の命のことなのだからね。
ここまで来るのに多くの人たちに沢山の迷惑をかけてしまった。本当に申し訳なく思います。また逆に協力や応援もいただいた。本当にありがとうございました。
年内もう少し休ませてもらい、来年から心機一転で行きたいと思います。
引き続きよろしくお願いします!!
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束の間の外泊も終わり、AM9:00までの帰還指令に対し込んでいることも想定し7:20頃に自宅を出た(今回はひとり。My Carでの出陣)。が、思いのほか空いていて1H程度で病院着。
Port抜去施術は14:00開始予定と聞く。
AMは何をしていたのだろう?…あまり記憶がない。

昼前に点滴入れに若い医師が来た。確か同意書の説明もままならなかった彼だ。
案の定針を刺す場所探しに約15分、刺す準備に5分、でもふんぎりがつかない…、先輩医師がやってきて指示を仰ぎながらようやく点滴IN。およそ30分の作業でした(^^;
彼は今後大丈夫なのか?!O KJくん!!

昼食は抜き(朝も食べずに来院)だけど、術中の便が気になり何度もトイレ往復。
そうこうしているうちに手術着に着替え、14:00の10分前にストレッチャー上へ。
が、直前に15分待機との知らせを受け、ストレッチャー上のまま部屋に戻り待機。
再度知らせを受け放射線科に向かう途中看護士さんが“毛剃らなくて大丈夫ですか?”
俺“いやぁ、剃ったほうが…”あわてて処置室に戻り特急で毛剃り(汗)
そしてようやくB1FのNo.3の部屋へ。
右足付け根の部分麻酔なので、ほとんど痛みはないがなんらかの動きはわかるため、やっぱ部分麻酔は気持ち悪い。
抜去施術は15:30前に終了。部屋戻りは16:00頃だったと思います。
太い静脈部なので、がっちりテープで固定され、6Hは右足を動かしてはいけないとの指令のため、ほとんどベッドから動けず。尿は管がつながっているので心配ないが、便は心配。また夕食来ても食べられず。こういうときは寝るに限る(笑)
port121215

21:30までうつらうつらしながら過ごし、ようやく再稼動GOのサイン。
夕食も温めなおしてくれて、少し食べました。結構美味かった(^^)
ずっとうつらうつらしていたので眠れないかと007を途中まで見るも続かず。
横になってWINGSの“Venus&Mars”と“Speed of sound”を久々に聞きながら、夢の中へ。病院最後の夜。明日は退院だ。
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12日目AMは衆議院選挙の期日前投票でした。
今度の日曜までに退院できるので投票に行くことは可能でしたが、先週の段階で病院での期日前をやるかやらないか?聞かれたので、退院日が未定だったこと、なかなか病院でやることもないことより、お願いしていました。
実は期日前は初めてなのでどうやるのかな?と思っていたら、選挙区の候補者・政党を記す紙と投票用紙と封筒(2重の封筒、内側は無記名の封筒、外側は投票者の名前や区が記載されている封筒)が配られ、記載して封をして渡すというモノ。
入院中にマニフェストを少しづつ見ていたんですが、記載された内容だけで判断は不可能ですよね。それに書いた政党に誰が居るかということも、記載内容の信憑性にも?が付くし。ま、色々考えて投票しました。結果は今週末、どうなることでしょうか?!
senkyo121212

投票中に回診があり、正式に外泊許可が下りました。
戻りは金曜のAM9:00までとのこと。
ちょっと早いけど、了解しました。

PMは学生OMくんとWalking。今日も多くのことを話しました。それなりの速度で約40分強。うっすら汗をかくほど。おかげで歩いた後、少々ベッド上でばててました(^^;
16:30、いつもOMくんは仕事をあがる際挨拶に来るのですが、今日の挨拶でLast。
指導員の看護師、看護学校の先生、そしてOMくんと3名で挨拶に来てくれました。
ま、3年前の学生さんに言ったことと一緒だけど、色々お礼とお別れの言葉&握手で別れました。なかなかまだまだ浸透していない男子看護師だけれど、頑張って欲しいね!

17:30頃、かみさんと上の娘が到着。
いよいよ久々のシャバへGO!
外に出ると、いやいやホント寒いっ!!でもって、ノートPCや貴重品は持ち帰りだったためそれなりの重さのバッグを持ち、かみさん、上の娘の後をついていくように歩くも、ついていけず、膝も痛くなり、なんとも想像以上の体力↓に(TT)
荷物は娘に持ってもらう始末…。

上の娘の運転で高速経由で自宅へ。
1.5週間振りの我が家。そのうち下の娘も帰宅し、皆で夕食。
本当はビールを飲むつもりだったのですが、かみさんの強硬な反対にあい、ま、我慢しました。X`masには飲みたいなぁ…(^^;
おしゃべりな下の娘のマシンガントークで傷口を総攻撃され、痛くてたまりませんでした。
やっぱ良いな、我が家!(^^ v

一夜明け、本日。日中誰もおらず(^^;
せっかくの外泊なのですが、ひとりぼっち。ま、平日だからね。
撮り溜めてあった番組などを一通り見て、現在に至る(笑)
あと少しの外泊Time。堪能しようと思います。
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結局昨晩はなかなか寝付けず、気を失ったのは2:00くらいだったよう。
朝は朝食(8:00前)で起こされました(^^;
ロキソニン無しで丸々1日半、痛みはダイジョウブそう。よかった。
便もマグラックス錠を飲まずに今朝も少量ですが、出ました。
これで薬0化達成!

昨日の宿題?外泊するか否かは、先生方の朝の回診の際手術が金曜のPMと聞いたことより、明日の夕方~金曜AMまで外泊することに決めました。
何故にわざわざ悪環境に、と思われるかもしれませんが、俺ここで寝て飯食ってるだけだし、1stリハビリとしても良いかな?とも思い、決めました。(きっと下の娘の送り向かいをしてるような気がする…)
金曜のポート除去手術後は6H絶対安静(なんでも傷口をしっかり押さえられ(拘束され)、一晩は動かされないとのこと。
※6Hなので、本当はその日の夜に動けるはずなのですが、ま、そういうことらしいです。
そして何もなければ晴れて退院!あともうひと踏ん張りです(^^)

昼食前に手術前日以来9日振りにシャワーを浴びました。さすがに少々痒くなってきたので、やっぱ気持ちよかった。
午後は学生OMくんが歩け歩けと一緒に歩きましょうとうるさい(笑)ので、話しながら病棟11周程度を色々語りながら、Walking。奴は真面目で可愛いね(笑)
OMくんの実習は木曜が最終日のため、僕とは明日でお別れ。明日も歩く約束。

午後3時過ぎには取引先の部長Kさん、夕方には取引先の社長Oさん&社員Yさんが面会に来てくれました。何度も書いてますが、本当にありがとうございます。
AND かみさんも(笑)

今日はそんなところかな?そうだ、晩飯はなんとひれかつでした!
では、おやすみなさい。
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※昨晩は夕飯食べた後気を失いUPできず…(^^;
10日目朝、とうとう背中の痛み止めが取れ(薬は前日PMにはなくなっていたが)、ロキソニンも前日寝る前(10:22頃)に飲んだきりなので、もちろん患部(傷口)の痛みは0ではないけど、とりあえず今回手術の峠は越えた感じですね。
本来ならこれで退院の方向なのでしょうが?当初より肝臓切除⇒ラジオ波での対応で、回復もかなり前倒しの感じだったので、この入院中に肝動注用のポート除去手術も一緒にできないか?12/8(土)に回診の先生にお願いしていたところ、金曜とのことになりました。すっかり見かけ上身体には何もついていない状態になったのに、金曜まで何してる?って感じになっちゃうので一旦退院?って聞くと、退院扱いになると一旦ベッドがリセットされるので再入院となると年内手術は無理、外泊扱いが妥当だって。だが2日間がLimit。3日間も外泊すると何故退院とならない?ってな話しになるとのこと。
また帰ったところで何をするわけでもなく、環境的には病院より厳しくなるわけで、“外泊意味なくね?”的な感じですが、外泊するか否かは一日考えることにしました。
手術は決定。これでとりあえず身体は年内さっぱりになりそうです。

それから今後ですが、今後半年間抗癌剤を飲むか?飲まないか?自分で決めなさいとS先生から言われていました(入院 4日目)が、たまたま同部屋の別患者さんのところに来たT先生を呼び止め、意見を聞いてみました。
答えは明快!『飲んだ方がいい。僕なら飲む。』理由は、
・今回転移したことでステージⅣ(元はⅡb)。万が一次ぎがあったとした場合、やることやってなかったからは嫌でしょ?
・僕の場合、FOLFOXの状況から錠剤の対応ではまず副作用は出ないと思うとのこと。
・リスクは費用のみ。(僕が3年前のTS-1より5FUのが安いんですよね?と聞くと)5FU単体ではそうなんだけど、合わせてロイコボリンという薬も飲むことになるので、合わせてとなると幾分高め、6万/月(3年前のTS-1はかみさんに聞くと4万/月くらいだったらしい)くらいかな?うーん、きっついねぇ…(TT)
※5FUにロイコボリンを組み合わせることによる効果UPについて
さすがT先生。自分でネットを調べることはできても、医師からの助言はやっぱり力になる。自分で決めて、でも俺ならこう思うって言われ方が、僕は一番ありがたいかな。
上記より、飲むことに決めます。

今日も思いがけない人も含め、お見舞いに来てくれた方々、ありがとう!
本日AM人間ドッグのため、本院にきていた会社の別部署の友人HTくんがドッグ終了後の午後前あたりに来てくれました。現在の会社のこと、今後の人生のことなど、色々語ってしまい、彼が帰ったのが14時頃。ラウンジで話していたのだけれど、部屋に戻ると昼飯は冷め切ってました(笑)。でも良い話ができました。ありがとう、HTくん。
夕方は取引先の敏腕?営業マンANさんが思いがけずに来てくれました。ラウンジで話していると“壮行会”日記でも登場した後輩女子Yっちも来てくれました。初対面のANさん、Yっちですが、3人で仲良く歓談(^^)。先にANさんが帰られた後、Yっちとも話し込みました。仕事のこと諸々。
ふたりとも、来てくれてありがとう。で、部屋に戻ると19時。夕飯は冷め切ってました(笑)。今日2食冷め切ってしまったけど、やっぱ来てくれて話すって嬉しい。
もちろんいつものようにかみさんも来てくれました。一緒に病院の本屋に行ったり(『偽りの明治維新』という本を買いました)。
ま、面会来てくれた友人と話しているうちに帰宅しちゃったけど(淋しい(TT))。

そして飯を食った後、知らずうちに落ちてしまいました。目が覚めたのが23時。家にTELしにラウンジに行った後、なんとなく眠れずベッドと、ラウンジを往復したり。夜景は少ないけど、俺、ここのソファに座って外見るの、結構好き(^^)
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※余談ですが、土曜に面会に来てくれたISちゃんが、くっだらないの幾つか持ってきてくれたけど、なんすかこれ?コップの縁において癒される“フチ子さん”だって、くだらなすぎ(爆)
fuchiko_121210
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何日目と書いても、いったい今日が何日か?わからなくなってきた(^^;
昨日のジョン(John Lennon)の命日さえスルーしてしまったよ(苦笑)
なのでタイトルに日付を入れました。

昨日から飲み始めたマグラックス錠のおかげで久々に便が出ました。
先週の手術前にしたきりだから、本当に1週間ぶり。長かった(笑)
ただ今度は便が緩すぎて逆に軽い下痢のようになり、出もしないに頻繁に便意が生じる始末。
なかなか上手くいかないものです。
朝・昼は飲んだけど、夜は飲まないことに。自己調節してよいとのことで、そう判断。

背中の薬は昼過ぎにはほぼ終了。空になっても身体から出切るには12H程かかるとのことなので、夜寝る前まで待ってロキソニン(&ムコスタ錠(胃薬))を飲むつもりです。
いよいよ錠剤のみになります。なのでちょっと不安…。
“グワァ~っ!!!”との悲鳴と共に早朝患部を押さえ、もがき苦しむようになりませんように…(なるか?!)

今日PMに上の娘が幼稚園の時からお付き合いさせてもらってる家族、NMさん夫妻がお見舞いに来てくれました。
うちのかみさんは夕方のパートがあるので、早々に引き返したので面会は3人での会話になりましたが、楽しかった。来てくれてホントありがとう!

あとは007のDVD2本『ドクター・ノオ』&『ユア・アイズ・オンリー』鑑賞。連日007三昧です(^^)退院したらもう一度『SKYFALL』を見に行く予定です。

今日はなんだか院内も寒かった。外は風が強く寒いようですね。
皆さんもご自愛くださいませ。
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2012.12.08 入院 8日目
本日は良い日でした。
AMは“純と愛”をBSで1週間分鑑賞。
途中先生たちの回診があり、傷口チェックがありました。その際週明け早々に退院でしょう的な話しがありましたが、できればポート除去手術を次週中にできないか?不可なら年内できないか?を相談し、月曜に確認いただくこととしました。
お昼前に介助シャワー室で洗髪し、さっぱり。午後に備えます。

今日は土曜・休日ということで多くの皆さんに面会に来ていただきました。
会社の上司、先輩(共に先日の壮行会メンバー)/従姉妹の姉さん/ケモ時仲良くなりLiveにも来てくれたKさん/会社の友人ISちゃん(別会社だけどもっとも信頼している人のひとり)&いつものかみさん(笑)
面会開始の13時過ぎから先程の20時過ぎまでの間に、たくさんのことを話させてもらい、多くのお見舞い(くだらないISちゃんのもの除く(爆))をいただきました。
本当に感謝・感激、涙・涙でございます。
一様に元気そうだ、こんなに回復するもんなんだ的なことを言われました(^^)
復帰後、本当に元気で頑張らねばと、心より思いました。

薬関係ですが、昨晩21時に飲んだ2度目のロキソニン(&ムコスタ錠(胃薬)以降、とりあえずもう1セットいただいた状態ですが、飲まずにどこまでいけるか?というところで本日は飲まないこととしました。
また手術前のあの猛烈な状況以降一度も便通がない状況に対し、午後に1回、寝る前に1回、明日から毎食後にマグラックス錠330mg×2錠を服用することになりました。まだ下腹が張るような状況ではないのですが、出るとありがたい。

さてそんなこんなで、今日は皆さんに会えて本当嬉しかった。
改めて、心よりどうもありがとうございました!!
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まずは皆さん、夕方大きな地震がありました。ダイジョウブだったでしょうか?
僕は病院の11階揺れも大きかったですが、その長さに大震災時の不気味さを感じましたが、宮城の親戚含め大事なくよかったです。

今日はあれから回診があり、患部のガーゼ除去(抜糸も無とのこと)、点滴も食事ができているので終了となりました。同時に尿量チェックも終了。
残りは背中から入れている痛み止めのみ。これが取れればシャワー浴びれるとのこと。流量6化&ロキソニン(&ムコスタ錠(胃薬))がやはり効いているようで(どっちが支配的かは?)今日はある程度動けることができました。ただ点滴棒がなくなるとやはりバランス悪いですけど(^^;

13:00からはX線検査。学生男子OMくんと一緒に1階の撮影室に行きました。
この病院の付属学校で学ぶOMくんはうちの上の娘のひとつ上。
来年2月に国家試験が待っていて、今回が最後の実習とのこと。
何もかも初々しく、しっかり目的意識を持っていて、素晴らしいなと。
僕の母も看護師だったから、この仕事はいつの時代でも続けていける素晴らしい仕事だよね、なんて話しました。頑張って欲しいよね。
撮影終了後、着替えを手伝ってもらったり、その後夕方担当の先生が“OMくんは本当に良い子なのでよろしくお願いします”とわざわざ挨拶に来られました。
3年前の女子学生さん(今頃立派に看護師になってるのかな?)同様、頑張って良い看護師さんになって欲しいよね。

14:00にはいつもより早くかみさん登場。地下のコンビニで待ち合わせして飲み物とお菓子を買って病室へ。
結局、かみさんは食べて、飲んで、仮眠して帰って行きました(笑)

18:00前には会社のKM先輩が見舞いに来てくれました。
3年前にも来てくれたKM先輩とはいつからのお付き合いだろうか?少なくとも20年以上。ベルマーレにも代表にも何度もご一緒されてもらっている、師と呼べるひとり。
今日も面会時間いっぱいまでたくさん話をさせていただきました。
やっぱり病院まで足を運んで貰える事、自分のためにわざわざと申し訳ないとは思うのですが、嬉しいことですよね。ホントありがとうございました。

なんか鼻が出るんだけど(風邪ではない)、傷口に響くので思いっきりかめないのがもやもやするぅ~。
それにすぐには歌うたえねぇなぁ…。
さてこれから地下コンビニでスタバコーヒー買って、今日の仕上げにDVDで007消されたライセンス見ようっと。
では、おやすみなさいzzzz。
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昨晩追加してもらった背中から入れてもらった痛み止めは、切れた前の薬とどうにも同じとは思えず(尿の出方からしてもあきらか?)“じんじん”と一晩中鈍い痛みをもたらした。まったく眠れないわけではないのだけれど。
夜点滴をチェックしにくる看護師さんは香水?髪につける整髪剤?何か“プーン”とした病室には似合わない匂いを連れてくる。
明け方5:30頃採血されたがこれがこの病院の看護師さんとしてはかなり痛い!刺すときも痛い、刺したまま何となく動きまた痛い、で抜くときも痛い。
挙句の果てに背中の痛み止めの針を確認する際、僕の首からかけてる容器を“ポイっ”てされ、それが患部に落下、激痛。なのに、もう少しシャツ上げれませんかぁだって。
匂いが更に腹立たしさを増すわ!

と何となく先日からこのブログも含め、不満ばかりを言ってる気がしてきて何だか自分が嫌になった。
本当は皆に支えられてもう一度期間延長してもらったばかりなのに、何だか自分は色々優しくされて当たり前だ、みたいになっている。
これでは期間延長された価値なしだ。
このもやもやした気持ちが更に悪い方に行き、かみさんに朝メールで“俺っていつまで生きられるのかな?”みたいなメッセージを出してしまった。
かみさんからは悲しそうな返事。

いけないいけないと、先日からヘビロテしてる“今だから”をiPhoneで聞いた。
はたと気づくとさっきまでのもやもやした気持ちがその間はまったく感じていないことに気がついた。なんか涙出た。凄いぞ、音楽!

今朝AMは“どよーん”とした気持ちに陥ってしまった。昼からのSideBは明るく行こう!
Side A :Darkside終了。

※朝S先生が来た際薬が効かない旨伝えると、“あー、背中から入れる薬は適当なんだよ。入れ方によって効いたり効かなかったりするんだよ。肋間神経を断裂してるんだからそこそこ痛いはずだよ。それ普通のコースだよ”と言われました。後に来てくた看護師さんに言うと、“お薬は同じじゃないですよ。前のは手術用で麻薬が入ってますが、今回のは入っていないので、効きは違いますよ。”といって昨日のO先生が来たときに流量4⇒6に上げていただき、初のロキソニンを服用しました。しかし、相変わらず適当だぞ、S先生(笑)
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2012.12.06 入院 6日目
どうも早く眠るのは良いのだが、夜中に何度も目が覚める。それも0時だったり、2時だったり。時間の流れが通常時に比べてかなり緩やかだ。
今日AMは本ブログに直腸癌になった2009年の出来事を思い出しながらアップした。
今後も継続アップして行きたいと思います。
朝食の後、地下のコンビニにコーヒーを買いに出かけ、モーニングで島耕作を読む。
結構回復したな、と実感。
AM時に看護師さんがやってきて、来週の木曜まで学生さんを付けさせてもらってよいか?と聞かれたので、“おっ?!3年前と同じ展開!今回も可愛い娘かな?”って邪な気持ちにて快諾(^^;で、やってきたのは昨日の男子くんでした。じゃん、じゃん。
午後一で病棟を10周ガシガシ歩き(だいたい5周/10分って感じ)、14時からは久々の洗髪。日曜以来だから4日振り。看護師さんと学生男子くんとで対応していただきました。
学生男子くんとは来週まで楽しみたいと思います。
15時~17時はいつもの通りかみさんTime。くだらん話しで患部を傷めました(笑)
かみさんが帰る前あたりから患部の痛みが少しづつ増してきた感あり。これまで背中
から入れていた硬膜外麻酔(痛み止め)が切れたせいのよう。(そのせいか?だが、これまでの尿の出が非常に悪く、数分・断続的という感じでかかっていたのが、あっという間に出るように。これは絶対硬膜外麻酔と関連あると見た。)
なので点滴の痛み止めをお願いしていたのだが、かみさんが帰宅した直後布団が真っ赤に染まり“何っ?!”って感じで見ると、点滴が漏れ血液が逆流してるっ!
夕方の看護師さんはCoolな感じの方で応対も淡々。なんかそれが腹たった。
布団、シーツ類を全とっかえしてもらった。
その後、今日は来ないと思っていた先生たち(今日は3人。O先生とN先生と聞き忘れたやくざみたいな先生)が回診に来てくれ、患部チェックと痛み止めの話しをした。
患部を始めて見たが、前回以上に凄い!(画像アップしようと思いましたが、止めておきます。肝癌の人は皆こうなのかな?正に切腹です。)
手術前から肝臓だから前回以上に切るよと言われていたが、実際に見るのとは違うね。
“かなり切ると聞いてましたが、凄いですね”と言うと、O先生は“肝臓だからね”と模範解答。
もうガーゼもいらないね、と言うので、いやいやもう一回貼ってと俺。やっぱ不安じゃん。
その後、N先生と痛み止めの話をし、結果硬膜外麻酔の痛み止めを追加することに。
N先生が去った後、思いがけずにT先生が。
個別面談申請を出していたのですが、さっきのO先生も一緒でベッドでの話しだったので、ちょっと予定外だったけど、ま、聞きたいことをできるだけ聞いてみました。
・今回の転移のステージは?:ステージって最初の部位に対して言うもの。確か最初の直腸は2bだったね。
・胆嚢切除の説明してなかったのは悪かった。万が一今後肝臓再発があった場合、治療に支障があるため、今回切除しておいた方が良いということ。もちろん次がないことを祈るが。
・肝動注用ポートは今後どうなるか?:この入院中に取るか?少し間を空けて取るか?このままにするか?いずれかだね。ただ6時間の安静が必要だから、別のタイミングにする場合1泊の入院になる。
・今回切除ではなく、ラジオ波にしたのは?(S先生からの説明は聞いたことは伝えての質問)ただネットでは切除の方が後のリスクは少ないようなことも記されているが:ネットの場合、抗癌剤での計画・対応がない場合のことが多い。あなたの場合、抗癌剤がとてもよく効いていた。あなたと同様の治療対応している方々、50~60人ほど10年追いかけて2cm以下の癌細胞なら切除とラジオ波は同等の治療効果であるとのデータが本病院にはある。ただ今回の状況でも再発率は10~20%。それが多いか少ないかは?だが。
・今後の飲食の制限は?アルコールは?:基本All OK。肝機能も手術時がもっとも悪く、以降は回復方向。アルコールもOK。今回は切除していないので、そういう意味でもダイジョウブ。
・尿の出が悪いのは硬膜外麻酔のせいか?:YES。ただし、硬膜外の影響でそういう症状になるってことは前立腺が肥大傾向ということ。まぁ、男性なら必ず遅からずそうなるから(とのこと^^;)
・手足のしびれは?(S先生の説明は聞いたと伝える):オキサリプラチンの影響。10~20%は最長2年。こういうケースは漢方が良いが以前はお奨めがあったが人によって効果が異なるため、今は希望する人しか処方していない。とにかくしびれは副作用としては最後間で残りしつこい。やはり時間による解決になると思う。
・今回回復が早いと感じるが、当初の2週間の予定は?:2週間は切除を想定。ラジオ波での対応もあり、この場合1週間強くらいで退院可能。痛みが飲み薬で対応できれば退院だね。
と、ざっとこんな感じ。まぁ、また顔見せに来るよ、といいつつT先生は去っていきました(笑)
そして先程硬膜外麻酔の追加が完了。心なしか患部が楽になった気が。
TVではクラブワールドカップでサンフレッチェが青山の素晴らしい無回転シュートで勝利!
そんなこんなで既に部屋は消灯。
と言う訳で、本日閉店っ!おやすみなさい。
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2009年7月21日(火)、近所の総合病院にて大腸内視鏡検査の実施日。
予約した日がいつだったか?記録がないが、これも色々あって(汗)その病院の医師が少々高飛車なおっさんで、
俺:“なんだか便が下痢気味で…”
医師:“理由は何だと思う?”
俺:“いやぁ、酒の飲みすぎかなとも…”
医師:“そう思ってんならまず酒やめろ”
俺:“えー、そう言わずに内視鏡検査お願いしますよ”
医師:“自分で思ってんならまず自分を改善しろよ。様子見”
俺:“そんな言い方ないじゃないですか?検査やってくださいよ!”
っとまぁ、こんな感じだったかな(^^;
俺も気が短いなぁ…(汗)
大腸内視鏡検査を希望したのは、母が存命時大腸ポリープを切除したことがあり、“そうだ、俺も大腸ポリープかな?”と思ったことによります。
※この病院で内視鏡にてポリープ切除した母は、切除した後明け方もがき苦しみ救急車で病院に運んだところ、ポリープ切除しすぎて穴が開いていたため、緊急手術が必要になりました。もちろん手術代はただでした(^^;

検査の前日(7/20(月))はmixi日記を見ると、神田共立講堂での再結成アリスのコンサートで、モデJASさんと参戦してました。
確か飲食の制限時間があったので、コンサート後飲みもできずに帰りましたね。
帰宅後、下剤を飲みそのまま就寝。さ、問題はそこから…。
明け方便意をもよおすものの、便がでない。今思えば腫瘍が便路を塞いでるので出るわけがないのだが、出そうとしてもでない状況が身体を苦しくさせます。
確かえらい腹痛に襲われた記憶があります。そのうち小便が大便の色になり(出先がないとどこからか出せるところを探すのでしょうか?)、更に苦しみが増す始末。
結局、大腸洗浄液の開始時間に病院まで出向くことはかなわず、病院にTELし30分遅刻で病院着。
この時初めて大腸洗浄液を経験。飲んで歩いて出して、の繰り返し。
朝の激痛や症状があってもこの時点ではまだ自分が癌だなんて微塵も思わず(今思うとおめでたい奴です(TT))。
そして14:30頃、検査の順番が回ってきました。
自分もモニター見せられての検査でしたが、なんか変。
通路の大部分を何かが塞ぎ、横のわずかな隙間をパタパタと小さな扉みたいなものが動いている。便はそこしか通過できないのか?となんとなく理解しました。
結局塞いでいるものが大きすぎて、内視鏡が通過できない状況でした。
前回横柄だった医師が検査を実施したのですが、神妙な面持ちで“組織を採取し検査するが、陽性でも手術で切除。悪性なら癌。陽性であっても最悪人口肛門。”と宣告されました。宣告後、造影剤入れてのX線TVでの撮影もあり、そこでも画像上便が通過できないことを確認しました。

帰宅後、理由は覚えていないけれど(子供たちがいない場所ってことだったのかな?)近くのコンビニの駐車場でかみさんに検査の結果、直腸癌の可能性が高いことを告げました。
今まで見たこともない、なんともいえない表情でした。
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当時のmixi(当時はmixiメインで色々日記書いてました)を見返すと5月辺りの日記から不調を口に出しているよう。5/18(月)の『寝週末』と言う日記では、
“実は少々体調悪く、5/15(金)も主催の打ち合わせが終了した15:00までが限界で、早々に帰宅。
翌日は下のお嬢の中学の運動会なのでビデオを持っていくも、最後まで居られず。
結局昼間ぐーぐーと寝てばかりの週末。
おなかがずっと緩いし、関節痛いし、頭痛いし、微熱っぽいし…って感じ。
で、夜眠くなく…。
明日もあるし寝ないとなぁ…。”

5/29(金)の日記『喝っ!&OPP』では、
“日記にも最近体調悪いこと書いたけど、なんだか仕事が多少緩くなったことも含め、完全にだれている自分がいる。
体調の悪いことも理由にしている気がして、なんだから嫌になって…。
で、身体に『喝っ!』ってことで、すっごい久々にジムに行ってきました。
足の関節痛い(グルコサミン+コンドロイチン飲んでる )し、体重増えたけど、久々に筋トレ&ランニングしてみました。
やっぱ汗かくって良いね。
でもなかなか長時間走れず。
理由はOPP
今日アメトークでも何とタイムリーにOPP芸人特集やってたけど、かなり同意。
いやぁ、おもしろかった。
OPPとは『お腹ピーピー』の略。
最近OPPなんだよなぁ…
今日もがんばって走ってると、ちょっとモヨオス感じがして思いっきり走れず…
さ、今週の仕事も明日を残すのみ。
がんばろー!
週末は久々に上の娘の太鼓だぁ ”

この頃便は下痢気味で確か体調はそこそこ常にだるかったと記憶しています。
とは言え自分が癌になるなどこれっぽっちも思っておらず、自分の母は脳幹部のくも膜下出血で亡くなっているので自分もそっち方面だろうと勝手に思い込んでいて、頭痛などがあるとMRI検査するなど神経つかっていたのですが、癌は全くのノーガードでした。
mixiの日記では5月から変調を思わせる記述がありますが、自分の記憶だと毎年4月に成田山新勝寺にて開催される成田太鼓祭りに出かけた際、ものすごく天気がよくかなりバテた記憶ありますが、今考えるとそのバテかたは兆候かな?とも思っています。
いずれにせよ春頃からいよいよ身体が悲鳴を上げ始めていたようです。
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今回の肝転移を機に闘病ブログを始めましたが、2009年に直腸から始まった僕の癌人生の記録は実はあまり残っていません。当時は人工肛門(ストーマ)の可能性もあると言われ、調べること・記録することで得たモノが、逆にマイナス思考になるんではないか?と考えてのこと。ま、当然転移のことなど考えていなかったからですが、今回転移したことで癌との付き合いがまだ継続することも想定(もちろん今回の対応で終了としたいのですが)し、始まりのことを思い出し本ブログに記載しようと考えました。薄れ行く記憶なのでどこまで書けるかわかりませんが、少しづつ記載していこうと思います。
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2012.12.05 入院 5日目
今朝は朝5:40に採血、6:40に尿管を抜かれ、で始まりました。
尿管抜かれると、尿記録つけないといけないのが、ちょっと面倒。
あとは持ってきたDVDから昨晩鑑賞始めた“007ゴールデンアイ”の続きをAM見て、で、終わったら“エリザベスタウン”を鑑賞。
エリザベスタウンは久しぶりに見たけど、やっぱ好きだなぁ。

あとAMに診断書の申請、そしてPMには面談依頼の申請。T先生との面談を申請しました。
それから“へぇ~”って思ったのが、病院に居ても不在者投票ってできるのね?
12/16の不在者投票どうされますか?って来たので、もちろんやりますと言いました。
不在者投票は12/12(水)とのこと。とりあえずマニフェスト読んでおかないと。

それから今日の昼から飯復活しました。
まだ五部粥だけど、ま、ありがたいことです。
また回診の際、明日傷口を見ますとのこと、見たくないけど確認できることは良い事。
あと昨日PMから下がっていた熱がまた8度代へ。氷枕と痛み止めを再開してもらいました。
さっき計ったら7度5分になっていたから、痛み止めは効果があるね。
ま、それでも平熱以上だし、今日は特にイベントもないし、大人しく早めに寝ようと思います。

PS.と言いながら横になりながらYouTube物色していたら懐かしい曲を見つけてしまった(嬉)
是非聞いて欲しい!“今だから”
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2012.12.05 入院 4日目
手術翌日、例のイベント“歩行”があります。
その前に病棟医師の回診があったのですが、昨日手術後に主治医のS先生からかみさんや儀父母には説明があったようですが、どうもこのS先生、手術後の説明すりゃいいと思ってる(3年前も同様)。本人にしっかり説明しないでどーする!
なんて強い口調では言いませんが、たとえば手術前には一言も聞いていなかった“胆嚢切除”手術開始1時間後あたりにかみさんが呼び出され急遽説明されたとのこと(多分T先生だと思うと言っていた)。今回の手術及び今後の治療の観点からと胆嚢はあまり重要臓器ではないとのことより、切除したとのこと。そういうこと、本人にしっかり説明して欲しい旨、伝えるとなんとその日のAM中に伝えた先生がS先生を連れてきた。
得意の“おくさんには説明したんだけど”の枕詞はあるにせよ、まー、よく来た。
で、色々聞くと、
・胆嚢切除は上記記載の内容に加え、今後肝導注治療する場合胆嚢は邪魔(肝導注の予定・計画あるかと聞くとないとのこと)
・今回癌細胞は切除ではなくラジオ波で焼いたとのことだが、今後開腹せずに針さしてラジオ波治療する場合も胆嚢は邪魔。
・今回なぜ切除ではなくラジオ波なのか?については、癌細胞が2cm以下ならどちらでも効果は一緒。僕の場合9mmとのこと。また表面近くに癌細胞があれば切除もしやすいが僕の場合表面より5mm中にあったこと。また癌細胞の近くに門脈があるため、それらを総合して切除よりラジオ波の判断となったとのこと。
また今後半年間、5FUの錠剤を服用するか否か?考えておくようにとのことだった。飲んでも飲まなくても、その効果はわからないとのこと。飲む場合のリスクは費用と副作用。副作用はあなたがこれまで感じてきていることだから、それらを鑑みて決めて欲しいとのこと。いつからS先生はこうなってしまったのかな?俺に決められるわけないじゃん。医者じゃあるめーし。医者としてわからない領域があるにしても、こういう背景だから自分はこっちだと思うとか言えないのかな?言っちゃいけないことになってるのかな?
S先生去る前に、今回は3年前より患部の痛みが格段に少ないですと言うと、今回は横に切ってるから神経分断してるから今回の方が痛いはずだけどな。前回は痛み止め聞いてなかったんじゃないの?だってさ(苦笑)
さて、歩行に移ります。
3年前の手術翌日はベッドから病室の出入口(5mくらいかな?)までがやっと。翌日は面会ラウンジまでがやっとで、手術3日後にようやく病棟1周とかができたのですが、今回は手術翌日にて病棟5周。
最初は看護師さんがついてくれたのですが、歩きながら“もうご自分で歩いて構いません”と言われてしまった。
そうそう付き添いの看護師さんは最初2人ついてくれて、ひとりは学生さん。残念ながら(笑)男子(3年前は女子の学生さんが選任でついてくれた。元気かな?あの娘。頑張ってるかな?)。3年前と同じ病棟だけど、男性の看護師さん増えてるね。また看護師さんの人数は減っている。
この日レントゲン撮影に1階まで行く際にヘルパーさん?に車椅子押してもらいながら聞いたけど、やっぱり人数は減ってるって。どこも大変なんだね。
で、男子の学生さんに、“女性の患者さんからはモテモテなんじゃないの?”なんて聞いてみると、“中年の女性の方は良いのですが、年配(高齢)の女性の方は男子の看護師に抵抗あるようです”とのこと。なるほど、増えているとは言えこれからなんだろうな。
それから手術後の影響としては、熱ですね。どうも8度くらいの熱が続いていて、氷枕などを使ったりして、あとは痛み止めに解熱が入ってることもあり、7度前半までとりあえず落ちるのだけれど、ちょっと気になる。
そして初の家族以外面会、モデJASさん。高校の時からの親友。いつもありがとう!感謝してるんだぜ、君には!!
それからこの日は娘二人も面会に来た。病室ででっかい声でふたりでしゃべり笑い会ってた(苦笑)。病室の人にはちょっと迷惑だったかもしれないけど、自分的にはそういう娘二人の姿も薬になるね。ありがとう。
そんなこんなの4日目でしたとさ。
※娘たちが帰ってから即効で眠ってしまい、夜はラウンジのソファでまったりしてました(笑)
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11時までに家族が来るようにとのことでしたが、かみさん以外にかみさんの両親、かみさんの兄貴まで一緒に来てくれました。
かみさんの両親は結構高齢なので、心配かけて申し訳ないなぁ…。
3年前の手術では病室で硬膜外麻酔(背中から入れられる麻酔)なども病室で対応されたのですが(そのおかげか?僕は手術室に入った記憶がない??)、今回は手術着に着替え、医療用ストッキングをはいたのみ。
12時半に11階の病室から3階の手術室まで車椅子に乗せられ向かいました。
11階のエレベータ前でかみさんの手を握り、別れました。
3階には横一列に多くの手術室があり、どれも『手術中』のランプが。
そして僕が入る手術室番号は“4”
“4”と言う数字は通常好きな数字なのですが、今回はなんとなく心の中で“ダイジョウブだよね?”って感じの自分が居ました(^^;
車椅子から降り、手術室のベッドに自力で上がり、ベッド上で横向いて丸くなり硬膜外麻酔を背中に入れられ、心電図を貼られ、血圧計を巻かれ、ベッドに拘束され、酸素マスクをつけられ、朝入れられた点滴針から麻酔を入れられました。これが結構血管に負担がかかる(要は痛い)。ただ2年前の膝の半月板手術の時の記憶だと、この麻酔で一気に意識がなくなるんだろうなぁと思った瞬間、終了(笑)
意識がなくなる前にT先生が僕に向かって『よろしくお願いします』と挨拶してくれました。T先生はこの日AMにも僕の病室まで来てくれ『T先生も手術立ち会ってくれるんでしょ?』の問いに『立ち会うよ』と言ってくれてたので、知ってる医師が居てくれることがわかりちょっと安心してました。
で、意識が回復したのは、名前を連呼されながらほっぺたをパシパシ叩かれていた時でした。その後ベッドに載せかえられ、エレベータに載せられたりを朦朧とする意識の中で感じてました。

確かとても寒くて、切られた部分と思われる箇所がなんとなく痛くて、吐くほどではないけど、嘔吐感があった。ものすごく不快な感じでした。
11階のエレベータ前でかみさんと儀父母たちの姿を見て、かみさんに“何時?”と聞くと“4(16)時”との回答。
結局戻されたのは元居た病室。入院前は入退院センタより肝臓手術は大腸より若干リスクが上がるからICUに入る確立が高いと言われたのですが、結果的には僕は入らないことになっていたようです(前日に聞いてましたが)。
とにかくまず寒かったので電気毛布を最高レベルにして掛けられ、あとはひたすら眠って回復を待った感じです。
僕が病室に戻ったのを確認して儀父母、義兄は帰っていったようです。
かみさんが帰宅したのは面会時間Limitの19時だと思うから、それまでには落ち着いたことになるのかな?
3年振りの腹きり手術は、まぁ、こんな感じで終始しました。
自分、お疲れさんでした!
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2012.12.03 帰還
とりあえず帰って参りました!
まだ動けないけど、意識はハッキリ。
とにかく今日は寝ます。
また明日、おやすみなさい(-_-)zzz
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おはようございます。
いよいよ当日となりました。
昨晩は下剤の影響で3時頃までトイレの往復で、このまま眠れないのかな?なんても思いましたが、とりあえず眠ることはできました。
7時半頃に血圧・水分量・検温で起こされ、7時40分頃に座薬を入れられ15分後にまたトイレへ(便意のみでほとんど出ませんでしたが)。
トイレから出て歯磨き、髭剃りの最中にT先生がちらっと来てくれました。“今日手術立ち会ってくれるのですか?”の問いに“立ち会いますよ”との回答。外来と入院棟では登場する先生が違うのですが、今回一番話してるT先生に会えてちょっと“ホッ”って感じに。
その後点滴を入れられ(細胞の外側を補修する?とか言われましたがよく判らず?容器には“アセテートリンゲル液 ヴィーンF輸液”とか書かれていたけど…。で調べてみると⇒、「循環血液量及び組織間液の減少時における細胞外液の補給・補正、代謝性アシドーシスの補正」だって。同意書類へのサイン(“特定生物由来製品(輸血用血液製剤)説明・同意書”、“血漿分画製剤投与に関する説明・同意書”、“行動制限(身体拘束・抑制・鎮静剤使用)に関する同意書”、“中心静脈カテーテル留置説明・同意書”)をしたのですが、担当の先生が若く大人しい感じで(よく言うとで、悪く言うとおどおどしているとかはっきりしないって感じ(^^;)で点滴固定は手際悪くテープでの固定も雑、同意書の説明も要点わからず何度も聞き返すことに…。先生の未来のために大きな心で対応してあげたいのだけれど、不安だなぁ(苦笑)

あとは時間まで特にやることないかな?手術前に手術着に着替えるくらいと言われ、入る確立が高いと入院前に言われていた術後ICU入りも今のところ予定していないとのこと。
とりあえず昨日までって言われてた気がする水分補給は今朝OKと言われたので、お茶でも飲みながら持ってきた007のDVDでも見るか?(^^)

そうそう、いつものようにTiger&Mouseが共に居ます。
Tigerは上の娘から。3年前の手術の時もその前の中国出張の時も“御守り、自分だと思ってね”と何かある時必ず上の娘から渡されます。上の娘が小学生の時、ふたりでベルマーレを見に行った帰りにハングリータイガーで入手したぬいぐるみ。
Mouseは今回入院するに当たり、“自分も”と言うことで下の娘から渡されました(^^)。
なんとなく両ぬいぐるみ、娘たちに似ているんだよね(笑)
そんな娘たちが(もちろん最愛のかみさんも)見守ってくれてるし、きっとダイジョウブ!!
Tiger&Mouse_121202

そして今朝もBandの仲間たちから激励メールもいただきました。
ホントありがとう。

では、元気良く行ってきますっ!!!
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2012.12.02 入院 2日目
昨晩はなんとなく熟睡できずな感じで、朝食が運ばれたことで起き、2日目となりました。
AM10:40頃にお腹と太腿の毛を剃られました。お腹は正に手術箇所なので判るのだけれどなんで太腿も?と聞くと、電気メスを使用する際太腿にアースを貼り付け落とすそうですが、毛があると上手く貼れずしっかり落ちないことがあるからだそうです。
毛剃りはローラ式のシェーバーで剃られましたが、3年前はカッターのような刃物だった気が…。でもあまり覚えてないや(^^;
毛剃りの後はへそのゴマ取りもされました。
昼食後からは禁食となるため、地下のコンビニでアイスを買ってきて食べました。6月からの禁酒の間、すっかりアイス党になってしまった!
昼食後、14時頃かみさんが来て17時に帰るまでは、なんとなくまったりした時間。
その間の16時頃にバリウムみたいな下剤を飲んだのですが、18時頃から徐々にお腹がごろごろ言い出し、それからがトイレとベッドの往復で、現在に至るという具合。
※匂いもなんだかちょっと炭酸系?ホントバリウムみたい。
gezai_121202
で、今さっき(21時過ぎ)錠剤の下剤を2錠も飲み、朝座薬を入れられるとのこと。
久々に肛門を酷使してる感じで既に痛いです(TT)
※と、ここまで書くのに何度もトイレ行き来してます…。

3年前は初手術だったこともありとにかく頑張ろうだったんだけど、1度経験すると術後のイメージもわき、正直前回よりもやもや感が強い気がする(弱気とか不安とかは言いたくない…)。
もちろん3年前だって同様な気持ちではあったと思うけど(確か前日は今回同様日曜で『仁』を見てうるうるしていたような…(^^; )。
でもこんな気持ち、これで最後にしたいなぁ…。

本日、何人かの友人から激励メールやSNSなどでも書き込みいただきました。
本当にありがとうございます。
とにかく明日、頑張ろうと思います。
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2012.12.01 入院 1日目
本日14:30ちょっと前に病院に入り、入院しました。
FOLFOXの週末入院の際は自分の車で来てましたが、予定2週間のため上の娘の車で来院。(3年前の手術の際は高校生だったのに…)
入院階は3年前と同じ11階の同じ棟。覚えている看護士さん居るかな?と思ったけど、ちょっと見はいない様子。
※最初についてくれた看護士さんは僕の名前は覚えてると言ってくれたけど、僕はさっぱり(ごめんね)。ここ1年で大分入れ替わったとのことでした。

ところで、入院当日なのにAM9:00からは近所のTOHOシネマズで007Skyfallをかみさんと鑑賞。途中から気づきましたが、最後はニヤっ!って感じでした。あー、しゃべりたい。
その後昼食。何でもよかったんだけど、何となく験担ぎではないけれど、いつものステーキガストにしました(^^;
少し肉は控えないといけないのに…。

で、もとい。
入院後、麻酔科の先生の説明・同意サイン⇒胸部レントゲン撮影⇒看護士さんからの入院概要説明&手術説明のかみさん同意サイン⇒肺機能練習器具“Tryball”の説明&試し⇒医療用ストッキングサイズ測定(手術後の足の静脈還流の促進用)まで、何度か看護士さんが出たり入ったりしての対応。
※その間、僕は横目でガンバvsジュビロの最終戦をTVで見てましたが(笑)ガンバお疲れさまでした。来期はベルマーレがJ1で頑張りますよ!

※“Tryball”ってこれ↓。左から右にボールが重くなっていき、息を吸い込むことでボールを上昇させる器具。特に一番右は勢い無いと上がらないのだが、肺の活動を活発にするには肺を大きく膨らませることができるよう大きくゆっくり深呼吸のようにすることが良いとのこと。重いボールを上げることが目的ではないので肺を開くように、特に術後歩行などが完全に戻るまでの間にしっかりやって欲しいとのことでした。確か3年前にも気がする。
Tryball_121201

17時過ぎにかみさんと上の娘が帰って、18時に久々に病院食食べて(FOLFOXの中盤から食べれなかったからね。でも今日の夕食はあまり美味くなかった…)、18:30にシャワー浴びてって感じで概ね終了。
途中映画館で購入した007のパンフレット&ガイド本2冊をパラパラめくり読みし、
007_121201
さっきは地下のファミマでアイスと飲み物買ってきて後半日許される自由食を満喫し、真っ暗の中(21時消灯)ブログを書いてます(笑)

手術は12/3(日)12:30開始予定。手術時間は2時間30分程(目安)だそうです。
だんだんと本戦が近づいてきた感じです。
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いよいよ明日(もう今日か?)、入院となりました。
入院前夜。
会社はAMのみで、部長と課長(直属の上司)に残務整理状況を報告し、同グループメンバーが揃う朝会で1ヶ月不在の旨を伝えた。
退社後、Tower Recordで最近知り気に入った“Of Monsters And Men”のAlbumを購入し帰宅。
帰宅後は、入院用にノートPC(3年前の直腸癌入院時に購入)に色々データ類を移す等の入院準備など。
で、夕方は課長と同グループの先輩&年下の女の子(40代)と4人で行きつけの小料理屋&2次会スナック。
僕の壮行会との名目で計画してくれました(^^)
この4人、これまでもグループ全体の飲みがあっても必ず最後に集結するMember。とは言え、今の上司は数か月前に直属にしてもらった気の合う上司。
前の上司は僕の再発がわかりメールで状況報告した後も、一切そのことには触れない人ではない人でなし、最低の奴だったが、今の上司は以前より本音Talkしていた関係で、とにかくコミュニケーションを重視してくれる人。
なので入院前日だけど、そうやって時間作ってくれることに感謝し参加。楽しい時間を過ごしてきました。
いつものスナックでは、Our Song(原田真二)/The Best Of Times(Styx)/Meybe I`m Amazed(Paul McCartney)/YES-YES-YES(Off Course)なんかを歌い、アルコールが完全に抜けているから(僕は春からアルコールを飲んでいないので)爽やかな声だと言ってもらいました(^^)
帰り際、スナックのママが“頑張ってね。来年会いましょう”と握手。
方向が一緒なので、帰りは課長を乗せ帰路へ。
色々話しながら運転、そして到着した際激励の言葉と共に手を指し延ばされ握手。
グッときた。正直目頭が熱くなった。
リストラを繰り返し環境が悪化の一途をたどる会社だけど、まだまだ仲間は居るようだ。
社交辞令かもしれない、でも自分に向けてそのような言葉、態度を向けてくれる人たちが居てくれることは本当に感謝だ。
とにかく今できる治療をしっかりやって、また美味い酒が飲める場に居る皆に合流したいと思う。
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